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アルバム
- 2006/10/02(Mon) -
実家でひょんなことから
アルバムを出してみた

そこには中学時代の私が写っていた
あどけない顔をしていた
どの写真も笑っていた

修学旅行の写真
合唱部でのコンクールの写真
合唱部の夏の合宿の写真
クラスメイトとの写真・・・
 クラスメイトとの写真には懐かしい
 中学時代の彼も一緒に写っていた

あの頃は毎日が楽しくて楽しくて
土曜日、学校が半日で終わること
そして日曜日があることが嫌だった
毎日毎日朝から晩まで学校に居たかった

一年生のクラス写真
二年生のクラス写真
そして三年生のクラス写真
合唱部みんなで学校の中庭で写した写真

みんな私の最高に楽しい頃の思い出・・・
まだホントに子供の顔で
何の苦労も知らないような
そんな頃の私の顔・・・

私の結婚式のアルバムもあった
新婚当時アナがあく程、見た写真

そして私が長男を産んで
手紙と写真を母に送っていたものも
全部アルバムに残されていた
私から母宛の手紙は
信じられないほど幸せな新婚さんの手紙だった

まさか母が私が送った手紙をアルバムに
全て残しているとは思わなかった

ちょっと恥ずかしいし哀しかった・・・
こんなに幸せな時間もあったんだ・・・

「独身時代の私からは考えられないかもしれないけど
 今は早起きして旦那にお弁当頑張って作ってるよ~
 お母ちゃん、ビックリしたでしょう!?」
なんて・・・
平気で書いていた

私は新婚時代は夫の仕事の都合で地元を離れ暮らしていた

だから私の親との交流は電話か手紙だった
まだ夫の給料もその頃は安かったし
家賃も高かったので電話はあまりしなかった
手紙が唯一の手段だった

長男の写真や
私と子供が一緒に写ってる写真・・・
それに手紙を添え送っていた

「私はすっぴんで見られない顔だけど、
 ゆうくんが可愛く写ってたから
 送ったよ~!見て見て!!」
なんて、またまた書いていた・・・


いつからこんな私になったのだろう
以前は少々のことではへこたれない私だったのに

誰かに言われた

普通人間は年をとると図太くなっていくのに
mariaさんは逆だよね

その通りだよね

でも思った
それは私がこうしてしまったんだ

神経が図太くなっていく人は
きっと今まで自分の中で精一杯頑張って来た人で
芯がピーンと一本通っていて
まっすぐ人生を真面目に努力して生きて来た人なんだ

きっと私が逆なのは
芯が通ってなくて
途中で何度もめげて
結局どれ程の収穫が今まであったのか・・・

多分それは図太くなった人よりかは
全然少ないんだ

もっと私が考え方が違う人間だったら
もっと今は違う人生だったのだろうな

でも今更そんなこと後悔しても始まらない
無意味ではないけど
でも、過去を恨んでも嘆いても仕方ない

私は自分が本当に不幸な人間で
誰も私の本当の気持ちなんてわかってくれてない
ずっとそう思っていた
つい最近までそう思っていた

口では良い事を言っていても
結局は私のことなんて誰も心配してくれてない
みんな自分の生活が大事なんだから・・・

ずっとそう思っていた


でも、それは完全に間違いだとやっと気づいた
41歳になって・・・
やっと・・・

幸せは人から与えて貰うものではない
自分で掴みとるもの

ある本にそう書かれていた

もし自分が幸せを感じられないときは
誰かの為に役に立つことを考えよう

誰かの役に立ったとき
きっと喜びを感じられる
その人の喜びはあなたにとったら幸せになる

そんなことも書いてあった


そう言えば・・・
昔の私はいつも誰かの事を心配して
何かの役に立とうとしていた
私がしてあげたことで
その人が心から喜んでくれたとき
それが私の幸せになっていた

誰かが喜ぶと私も嬉しい
困っている人が助かると私も幸せ・・・


自分が苦しい
自分が辛い

自分が自分がって・・・一体いつまで言い続けるのだろうって

でも、もうやめた

絶対人生なんて
自分の思っている方向に向かっていくんだ
それならポジティブに考えなきゃ駄目ジャン!

そう心から思えるようになった

多分最近の私の写真なんて
もし写しても笑顔なんて絶対有り得ないだろうな・・・
そう思った

ある社長に言われた
「私もうつ病です
 私は同じ病気で同じ思いをしている貴女に出会えて
 嬉しいです・・・
 今私は多少調子が良い
 だから貴女一人で悩まないで
 何か私が貴女の役に立てることがあるかもしれない
 私は貴女の気持ちになって貴女の事を親身に考えます
 仲間です
 貴女は私の仲間ですよ
 決して貴女は一人ではありませんよ」

社長さんだからいくらうつ病で体がだるくても
会社のため、仕事は続けて行かなければいけない

社長は言った

 私は社員になるべくならいいお給料を払いたい
 社員だって住宅ローンや教育費・・・色んなものを抱えています
 社員の生活は出来る限り守ってあげたいです

・・・すごい社長だ・・・

この社長にも沢山の思い出のアルバムがあるんだろうな・・・

こんな私にはいちいち言わないけど
会社をここまで成長させた今までのこの社長の苦労は
相当なものだったんだろうな・・・

今年も不景気だからと最後に社長は愚痴を言っていたけれど

私とはあかの他人のこの社長
でもこうやって私を少しでも救ってくれようとしている・・・

私は不幸なんかじゃないんだよ
気づいてなかっただけなんだよ

後は私がいかに努力していくかだけなんだよ・・・

病気を早く克服して
安定した収入を得られるように・・・

ここ数年写真をアルバムに貼るなんて作業
あまりしていない

だけど、これからはまた昔のように
笑って笑って笑って・・・

そんな私になりたい

もう私の為に生きるのではない
自分が産んだ子供の為に母として生きる

淋しいなんて
辛いなんて
ただの私の我が儘だ・・・

長男も受験勉強に励んでいる

この三人の子供達に
淋しい哀しい思いをさせないように
私は母としてもっと頑張らなきゃいけない

私が淋しいことより
子供が淋しくないようにすること
子供に安心させてやること
それが一番大切なことなんだ

私が中学時代いつも友達と笑顔で写っていたように
私の子供もいつも笑顔で居られるように
笑顔の写真が沢山沢山になりますように・・・


それが私の幸せなんだよね
 
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- 2006/10/02(Mon) -
昨夜はずっと夢を見ていた
寝たのは夜中二時で
何度目が覚めたのだろう・・・
最近睡眠薬の効きが悪くなった

夢と現実がごちゃごちゃになり
自分が今どこの世界にいるのかわからなかった

私はなぜか実家に住んでいた
実家には亡くなったはずの父も居た
私はなぜか母に自分の布団を見せていた
布団のシーツの上から黒いごちゃごちゃした
かけらが見えていた

なんなのだろう・・・

シーツから取り出すとそれはゴキブリの死骸の
砕けたものが山のようになっていた

私はゴキブリなんて大嫌いなのに
両手にそれを乗せ、近所の大きな川の橋を渡り
とある旅館の中のトイレに入り それを捨てた
旅館の外には沢山の猫がいた
山のようにいた

そして、また実家に帰った
今度はシーツの中で黒いものがあちらこちらで動いていた
母は釘を持ってきて
その黒いものをシーツの上から次々に刺していった
それはまたゴキブリだった

母に刺されたゴキブリは私の布団のシーツの中で
次々死んで行った

外を見るとまだ夜中だった
なぜかまた猫が沢山居た

実家の前には何台もの車が停まっていた
でも実家の中に誰がいるのか私にはわからなかった
知らない人ばかりだった

亡くなったはずの父が
シーツの上からゴキブリを刺しているのを見ながら
物凄く怒っていた
それはゴキブリを刺していたからではなかった
怒りながら何を文句言っていたのか
今は全く覚えてない
だけど父は確かに怒っていた


そんな支離滅裂な夢をずっと見続けていた
途中何度目が覚めたのだろう・・・

頭が変になりそうだった


今朝は昨夜の睡眠不足でふらふらしていた
でも実家に行って父の仏壇を拝みたかった
その前に、もしや母に何かあったのではないかと思い
朝七時になるのを待って実家に電話した
母は元気のなさそうな声だった
やっぱり仏様を拝みに行こう・・・
母に会いに行こう・・・
そう思った

母は免許を持っていない
交通の便が悪いのに持っていない

母は仕事を持っている
今日もその仕事であちこちに出向かなければいけなかった
私は父を拝みに行き
母の運転手をした

車の中で夢の話も母にした

昨夜母と同居している妹から一気に三通も長い長いメールが来ていた
妹婿と母との間にたっての妹の胸の痛み・・・
殆ど愚痴は言わない妹だけど
一気に三通送って来た
それを読んだ私も胸が痛んだ

母は妹婿といざこざがあればすぐに
「私がいなくなればいいのでしょう」
と家を飛び出そうとするらしい

私が子供の頃からそれは変わっていない
夫婦喧嘩の最後には必ず母は
「川に飛び込んで自殺する」
と懸命に止める父を振り切って
飛び出そうとした
私達子供も泣きながら必死で母の腕を止めていた・・・

妹はメールで言った

母は父が亡くなってから自分のストレスのはけ口がない
だから周りにあんな態度をとってしまう
私もカレ(妹婿)には本当に気を遣う
いっそのこと母に彼氏でもできてくれたら
どんなにいいだろうと思うよ・・・
お茶のみ程度の付き合いでいいから
母の気持ちを聞いてくれる
心を許してくれる人が出来たらいいなと思うよ・・・


そんな内容のメールを何回も読み返し
私はあのおかしな夢を見た

仏壇の父に手を合わせ話した

お父ちゃん
何も心配しないでね
昨夜は怒らせちゃったね
ごめんね
お父ちゃんは何も心配する必要も
怒る必要もないよ
安心して
ちゃんと安らかに眠ってね
私達は大丈夫

母には母の
妹には妹の
私には私の

それぞれが色んな思いを胸に
それでも御迎えが来るまでは
生きて行かなければいけない

私に今出来ることは何??
何もないはずはない

これだけ私のことで
周囲に心配や迷惑をかけて
私は何もお返しをしていない・・・

とりあえず今は
今、私に出来るささやかなことは
母の話し相手になってあげること
仕事の用事で出かけるのに不便な思いをさせないこと

まだ休職中の私だから出来ることが絶対あるはずだから

もう、20年も前に亡くなった父・・・

私達の結婚式も孫も見ずに他界した父・・・

あの世でまで怒らせてはいけない

お父ちゃんごめんね
こんな私で本当にごめんなさい

でも、少し強くなったよ
病気になったあの頃よりかは
少しだけ強く前向きになれたよ
だから心配しないで


今夜は父も母も妹も私も・・・
そして皆が
安らかに眠れますように・・・


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